我對哲學的興趣
哲学ということ、まだ触れたことがないので、具体的に何のために人々に研究されているか、その存在の理由に興味があります。
私は台湾人です。台湾の国籍を持っている男性として、1つ守らないといけないルールがあります。それを漢字で書けば、「義務役」という軍隊に入る義務です。台湾の男性では、子供から大人になること、または社会にうまく進出することを経験するために、成人になった時に、一年半軍人として過ごして、自分がしたくないことをして行きます。もちろん私たちは厳しい生活をしたくないから、初めは認められませんでした。それが実際はとても大切な通らなければならない道である。単純に体を鍛えたり、目上の人の指示に絶対服従したりするばかりでなく、人や物に接することを理解して、未来に生かす意義が一番重要です。
軍隊にいる間に、ある博士の軍官が「アメリカでは数学の博士でも、科学の博士でも、皆は哲学の博士と呼ばれている」と「たとえ英語が下手でも、簡単な単語で意味が相手に伝えられれば、悪い英語だけど、いいコミュニケーションです」を言ってくれました。自分で考えて、哲学というのは平常の生活の中でどこでも使われている学問でしょうかと思っていました。
私は実用の学問をしたいです。最初には日本語を勉強して、身につけるぐらいまでの能力を習得するつもりだけで日本へ来ました。9か月経過して来た上でさらに上達したいと思っているとともに、ふいに久しく消えていた哲学への情熱が燃えました。私も教えてくれたその軍官みたいな広くの人生観を擁していたいです。
もし自分が暗かったら、周りの人も影響されるでしょうか。もし自分が正面的な自信を撒き散らすならば、周りの人に感染させるでしょうか。どうやって自分の不協調感な色彩を止めて、崩れそうな限界を象徴している不規則な心の壁を組み直して、もっと麗しい色彩のような柔和の風を人々に吹き過ぎる風車になりますか。その答えはきっと、哲学の中にあると思っています。これからも真理を求めるため、人生の哲学を学習し続けます。
邊打瞌睡邊寫的^^”
